「経営状況の相談のタイミングについて」 ― 元救急隊の診断士が、事業再生の現場で感じること ―
はじめに

出典:画像生成AIによる作成
初めまして。中小企業診断士の山本真哉と申します。
私は11年間消防士として勤めた経歴があります。そのうち6年間は救急隊として救急現場に出動する日々を過ごしていました。その後、中小企業診断士の資格を取得し、「人」から「会社」へと支える対象を変えて、経営支援の道へ進みました。
現在は事業再生の分野に携わる仕事をしています。事業再生とは、業績の悪化や資金繰りの行き詰まりに直面した会社について、その原因を見極め、収益の構造や財務を立て直して、もう一度事業を継続できる状態に戻していく仕事です。
畑違いと思われがちですが、事業再生の分野に携わる中で「人も会社も同じだな」と感じることが少なくありません。人も会社も、つらさを我慢し続け、どうにもならなくなってから救急車を呼んだり、相談窓口を訪れたりすることが少なくありません。救急隊時代に感じていたことですが、救急医療は生命維持に必要なことに注力し処置する考えが基本となります。そのため、たとえ手足を切り落としたとしても、命を助けるためなら仕方がないという考え方になります。しかし、たとえ命が助かったとしても、手足がなくなればその方の生活は様々な変化を強いられ、以前と同じ生活には戻れません。そういったことから、私が常々一番大切だと感じているのは、病気にならないため、けがをしないための予防・対策です。また、病気になっても、早い段階でその症状に気づき、医師(専門家)の助言のもと早く治療を始めることです。このコラムでは、経営状況を相談すべきタイミングについてお伝えします。経営状況の異変に気づいた際、早期に相談窓口や支援機関へ相談することで、少しでも早く経営を立て直せる会社が増えることを願います。
「急病」の裏に、長く続いていた不調がある
救急隊は、その名の通り急病や急なけがに対応する仕事です。ところが実際に現場へ行くと、実は以前から不調を抱えていた方が少なくありませんでした。
- 「数ヶ月前から少し歩くと息切れするようになった。年のせいかと思っていた。」
- 「半年ほど前からお腹が膨れてきたが、痛くはなかった。」
- 「ずっと前から痛みはあったけれど、放っておけば治ると思って病院には行かなかった。」
急変したその日に病気が始まったわけではなく、ずっと悪かったものが、強い痛み・症状として表面化し、救急車を呼ばれるケースがあります。
こういった場合、症状が軽いうちに病院を受診していれば服薬や生活習慣の改善で対策できたはずのものが、我慢の限界まで放置されることで、本人の病状は重くなり回復までに時間を要し、最悪の場合は死に至るケースもあります。
事業再生の現場も、同じことが起こっていると感じる
事業再生の現場においても同じことが起こっていると感じます。
例えば、かつては業績が良かったものの、売上原価の上昇によって売上総利益率(粗利率)がじわじわと低下している会社がありました。粗利率が低下しても営業黒字を保っているため、経営者はその異変に気づかない、または気づいても材料費が上がっているからしょうがないと特に手を打たないまま様子を見ていました。そんな中でコロナ禍に入り、営業赤字が続いても「今はコロナ禍でみんな業績が悪化しているから、コロナ禍が明ければそのうち戻るだろう。」と考えていました。しかし、予想と違ってコロナ禍が明けても業績は思ったように回復せず、人件費の高騰、労働分配率の上昇も重なり現預金はみるみる減少し、最終的には業績悪化を心配した金融機関の紹介で中小企業活性化協議会(経営の立て直しを支援する公的な窓口)に持ち込まれ、ようやく再生に着手することになりました。
このとき、私たちが取れる施策は限られます。資金に余裕がないので、売上を上げるための大きな設備投資はできません。固定費が上がるため新たに人を採用することも難しいです。値上げをしようにもいつからどの材料がいくら値上りしているのかが不明であると、取引先に具体的な価格交渉ができないケースもあります。そのため、まず行うのは経費の削減と今ある経営資源を最大限に活用した施策の実行になります。
早期に経営状況の異変に気づき、対策を講じるなり、支援機関に相談するなりしていれば、できる施策や選択肢も多いため、より早く業績を改善できたかもしれません。しかし、現状は経営状況の異変になんとなく気づきながらも、日々の業務に追われて手を打てないまま時間が経ち、自助努力では改善が難しくなってからご相談いただくケースが一定数あるように思います。
「緊急度」と「重症度」

出典:画像生成AIによる作成
救急隊は、現場で傷病者を観察するとき、常に2つの指標を使い分けています。「緊急度」と「重症度」です。救急振興財団の報告書では、「重症度とは患者の生命予後又は機能予後を示す概念、緊急度とはその重症度を時間的に規定した概念」1と定義されています。この2つは似ているようで、必ずしも一致しません。
緊急度が高い状態は、誰が見ても非常事態だとわかります。大量に出血している、喉に物を詰まらせて息ができない、突然胸を締めつけられるような激しい痛みに襲われた。こうした場面では、本人も周りの人もすぐに119番に電話をかけ、速やかに治療につながります。
一方で、重症度が高くても、見た目にはわかりにくい病気があります。がんは進行していても痛みや症状がないこともあり、症状があっても本人はそれを深刻なものと受け止めず見過ごされてしまうことがあります。
このようなことに関しては、会社も人も同じだと感じます。
緊急度が高い状態、例えば「来月の支払いに現預金が足りない」「仕入先への支払いが滞りそうだ」といった事態であれば、経営者はすぐに相談窓口や取引金融機関の担当者に連絡を入れます。誰の目にも非常事態だからです。
ところが粗利率の低下がじわじわと何期も続いているという状態については、なかなか相談には至りません。粗利率の低下から販管費を粗利額で賄えなくなると営業赤字になり、本業で現金を生み出せなくなることにつながるため、本来は重症度が高く深刻な状態です。
1 財団法人救急振興財団「救急搬送における重症度・緊急度判断基準作成委員会 報告書」(平成16年3月)より引用。
「相談できる相手」が近くにいれば、異変に気づける
経営者の相談が遅れる理由として、そもそも症状には気づいていても、「それを相談するほどのことだと認識していない」という問題があります。
救急の話でいえば、足がむくむ、横になると息苦しい、短い間に体重が増えた。こうした変化や症状は、医療に携わる人が見れば「心不全かもしれない」と気づくことができ、病院を受診するように本人にアドバイスができます。
しかし、普段の生活の中で、それぞれの症状が何を意味するのかを自分で判断するのは難しいものです。そのため「症状はあるけど、病院へ行くほどのことではないだろう」と放置されてしまう。
会社も同じです。営業キャッシュフローのマイナスが続いている、売上総利益率(粗利率)の低下が継続している場合、日頃から多くの会社の数字に触れている第三者が見れば、重症化のサインとして気づきやすく、早期に対策を講じることができます。
だからこそ、気軽に相談できる相手を身近に持ち、話す機会を増やしておくことで、早めに手を打つことができ、会社の選択肢も大きく広がると私は考えています。
経営のバイタルサイン ― 相談のタイミング

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救急の現場では、まず観察する項目が決まっています。意識、呼吸、脈と血圧、体温。これをバイタルサインと呼びます。
経営にこれを例えると以下の通りです。
1つ目、意識 ― 数字を把握できているか
毎月の売上・粗利・営業利益などの数値や自社のKPI等、現在の経営状況を把握し、会議で経営幹部に情報共有ができているか。現状から経営の方向性を意思決定できているかなどです。経営状況が把握できていなければ、経営の「意識レベル」が下がりかけているサインかもしれません。
逆に言えば、毎月経営状況を把握している会社は、それだけで異変に早く気づけます。会計事務所に依頼していても構いません。大切なのは、出てきた数字に経営者ご自身が毎月目を通しているかどうかです。
2つ目、呼吸 ― 資金繰り
呼吸が止まれば、人は数分で死に至ります。会社でいう資金繰りも同じです。運転資金はいくらで、毎月キャッシュが底になるタイミングはいつで、いくら以上の現預金水準があれば事業運営上問題ないかなどを把握することが大切です。また、過去の決算書から貸借対照表の現預金の推移を見て、減り続けていないかも確認してみてください。減少傾向にある場合は、早めに窓口へ相談されることをおすすめします。
3つ目、脈と血圧 ― 損益の推移
営業利益が2期連続で赤字になっていないか。売上総利益率(粗利率)が低下傾向にないか。労働分配率が上昇傾向にないか。単年の数字ではなく、推移を確認することが大切です。
4つ目、体温 ― 従業員の士気
会社の離職率はどうか。幹部クラスや成績の良い営業担当者が辞めていないか。職場の雰囲気や従業員のモチベーションはどうかを把握することが重要です。決算書やKPIなど客観的な数値として表れる前に、従業員の離職率の上昇や社内のモチベーションの低下といった形で症状が出ます。早期に改善施策を講じなければ、気づいた時には営業人員が不足し売上を伸ばせないなど、危機的な状況を招きかねません。
このうち1つでも気になるものがあれば、それが相談のタイミングです。
相談のおすすめは中小企業活性化協議会
では誰に相談すればいいのか。
一番のおすすめは中小企業活性化協議会です。国が各都道府県に設置した公正中立な公的機関で、秘密が守られ、窓口相談は無料です。資金繰りが切迫する前の収益力改善から、金融機関との調整を伴う再生まで、会社の状態に合わせて支援を受けられます。早い段階で相談するほど、取れる選択肢は広がります。なお、ご相談の際は事前にご予約をお願いします。
活性化協議会への相談にハードルを感じるのであれば、顧問税理士や商工会議所、よろず支援拠点や金融機関でも構いません。もちろん、大阪中小企業診断士会にご相談いただくことも可能です。
健康診断に近い使い方をしていただくのが、最も効果的です。会社が倒れてから相談に駆け込むのではなく、倒れないための早めのご相談をおすすめしたいと思っています。「転ばぬ先の杖」です。杖は転んでからではなく、転ぶ前に持つからこそ役に立ちます。相談窓口や支援機関も、困り果ててから頼るのではなく、何事もないうちから手元に置いておく杖として、気軽に活用していただければ幸いです。
おわりに

出典:画像生成AIによる作成
救急の現場でも事業再生の現場でも、予防の観点も含め早い段階で専門家に些細なことでもご相談いただければと思います。痛みが出たときには、すでに重症化していることが少なくありません。
粗利率の低下や労働分配率の上昇は、営業黒字を保っているうちは緊急度が低く見えますが、実は重症度の高いサインです。経営のバイタルサインを毎月確認し、気になることが1つでもあれば、それが相談のタイミングだと考えています。早めのご相談が、その後の選択肢を広げることにつながります。
「あの時すぐに相談していれば今は違ったかもしれない」―そう感じる経営者を、私は一人でも減らしたいと考えています。気になることがあれば、まだ痛みのないうちに、中小企業活性化協議会をはじめ身近な相談先へ、気軽に声をかけてみてください。
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