経営コラム

AIを活かすDX ― 成功の土台はデータ整備 ~中小製造業が今すぐ始められる現場改善の第一歩~


出典: stockcake.com(AIによるフリー画像サイト)

はじめに

大阪を拠点に製造業の経営支援を行っている中小企業診断士の土師学(はぜまなぶ)です。大手製造業で25年間、品質、購買、製造からサービスまでの業務経験を活かし、現在は中小製造業のDX推進や品質・コンプライアンスマネジメント体制づくりを支援しています。本コラムでは、現場視点から見た「AIを活かすDX」について、実際の企業での導入・活用のヒントをお伝えします。

生成AIの急速な進化は、産業全体の生産性を飛躍的に高める可能性を秘めており、「第四次産業革命」とも呼ばれています。こうした変化の波は、大企業だけでなく中小製造業にも確実に押し寄せています。ところが、中小製造業がAIを活用した中小企業DXに備えるべきことは高額なAIシステムをいきなり導入することではありません。まず取り組むべきは、生産現場に存在する多様な情報、例えば作業マニュアル、検査記録、設備稼働データなどを電子データとして蓄積しておくことです。

AIの進化による生産性向上とは

これまでコンピュータに対して、人間の指示をプログラミング言語によるコードで伝えていました。また、ソフトウェアにおいては、従業員はその操作を覚えて、ボタンをクリックしたり、数字や文字のフォーマットを整えて入力したりする必要がありました。
ところが、生成AIの登場によって、人間が普段使っているくだけた表現や曖昧な言葉をコンピュータが理解し、意図を汲み取って処理できるようになりつつあります。これは「人がコンピュータに合わせる時代」から「コンピュータが人に合わせる時代」への転換と言えます。
さらに、近年急速に発展している「AIエージェント」と呼ばれる仕組みでは、単なる会話だけでなく、手書きのメモ、ExcelやWordのファイル、さらには他の業務システムにあるデータまで読み取り、必要に応じて整理や要約を自動で行えるようになります。つまり、事務作業や調整業務といった人間の手間を大幅に削減し、コンピュータに任せることが可能になるのです。
この進化がもたらすのは単なる効率化ではありません。経営者がより少ない人数で現場を回すことができたり、従業員が付加価値の高い業務に時間を割けたりするようになることで、中小製造業の競争力を大幅に変える可能性を秘めています。とりわけ、人材不足や技能承継といった課題を抱える中小企業にとって、この変化は生き残りの戦略になり得ます。

中小企業のデジタル化の取り組みの現状

中小企業におけるデジタル化が推進されていますが、取り組みはまだ十分に進んでいるとは言えません。図1のデジタル化の取り組み段階においても、2024年の第2段階以下の部分で60%以上を占めており、業務効率化やデータ分析に至らない企業が過半数となっています。


図1: デジタル化の取組段階
出典: https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/chusho/b1_1_5.html

図2のデジタル化の取り組み段階で言えば、現時点では紙ベース、人手の作業がのこっていたり、デジタルツールに移行している段階であることが示唆されます。AIが急速に進化し、普及し始めている現状においては、この段階1から抜け出すことを急ぐ必要があります。


図2: デジタル化の取り組みの段階(筆者作成)

製造業でシステム導入に失敗した例とAIによる解決の可能性

中小製造業でも、これまで業務の電子化を目的にソフトウェアを導入したものの、思うような成果が得られず、結局は使われなくなってしまった例が少なくありません。その失敗の背景にはいくつかの典型的な要因があります。

・自社の業務内容に十分に適合しなかった
標準パッケージを導入したが、実際の工程や管理方法に合わず、現場の手間がかえって増えた。
・例外対応に弱かった
不適合品対応や納期変更、試作のような「イレギュラー業務」がシステムに登録できず、結局は紙やExcelで別管理になってしまった。
・社内で運用しきれなかった
マニュアル作成や社員教育が追い付かず、「一部の人しか使えないシステム」になってしまった。

こうした失敗は、システム導入が「現場に合わせる」ことよりも「現場をシステムに合わせる」ことを求められていたために起こったと言えます。
しかし、AIの進化はこの状況を変える可能性を持っています。生成AIやAIエージェントは、人間の自然な言葉や既存のExcel、Wordといったデータを理解し、既存業務に柔軟に対応できるようになりつつあります。また、データクレンジングとしてデータに含まれる異常や間違いを取り除いてソフトウェアに投入する準備もできます。つまり、「システムに現場を合わせる」のではなく、「システムが現場に合わせる」時代が近づいているのです。この変化により、従来は大企業向けとされてきたDXの取り組みが、中小製造業にも現実的なものとなり、失敗のリスクは大幅に低下します。

製造現場でAIができること、できないこと

AIは、これまで別々に使われていたシステムを統合することも可能にしつつある一方で、AIには物理的な作業はできません。

AIにできること: データの統合、整理、要約など
AIにできないこと: 運搬、加工、清掃、梱包など

したがって、AIの生産性を最大限に活かすためには、こうした現場作業をできるだけデータとして保管しておくことが欠かせません。作業の手順や時間、設備稼働状況を記録し、整理された形で蓄積しておくことで、AIは分析に基づいた改善提案ができます。言い換えれば、AIを活かす基盤は現場のデータ化にあるのです。

第一歩は作業記録

では、中小製造業は何から始めるべきでしょうか。AIを導入する前に、中小製造業がまず取り組むべきは「生産の記録を残すこと」です。これには難しいシステムをいきなり導入する必要はありません。エクセルで十分です。例えば、次のような内容を記録しておくだけで、将来の分析につながります。

  • 使用した設備、金型、治具の番号
  • 日付、作業者、加工内容
  • 温度や天気、その他設定条件
  • 生産数、不適合数、不適合の内容や理由
  • 設備の稼働時間や停止時間、メンテナンス時の交換部品

これらは、日報の一部に数字や簡単なメモを「とりあえず載せる」だけでもかまいません。数か月分のデータが蓄積されると、「どの機械で不適合が多いか」「どの時間帯に設備トラブルが集中しているか」といった傾向が明確に見えてきます。

AIを使ったデータ分析の基本的な流れ

画像素材出典:StockCake(https://stockcake.com/

次に取り組むのは作業マニュアル整備

もう一つ、データとして蓄積しておくと有効なのが「作業マニュアル」です。製造現場だけでなく、間接部門や管理部門を含めて業務手順を文章化しておくことが、将来AIを効果的に活用する土台になります。
マニュアルは完璧に仕上げる必要はありません。まずは箇条書きで「やっていること」を書き出して、生成AIを使って整えさせればよいのです。形式はWordやExcelでかまいません。作業マニュアル化の対象例は以下のとおりです。

  • 段取り替えに必要な工具や部品のリスト
  • 治具や金型の交換手順(写真や図解を添付)
  • 締め付けトルクや加工条件など、これまで“勘”に頼っていた数値
  • 検査手順と判定基準(「適合品・不適合品」の具体例を示す)
  • 日常点検の項目と記録シートの記入、保管方法

こうした作業を形式知に変えることで、「ベテランにしか分からない」「人によってやり方が違う」といった状況を防ぎ、誰が作業しても同じ品質・結果を得られる環境が整います。さらに、この情報が電子データとして蓄積されれば、AIによる分析や標準化、改善提案が可能になり、人材育成や技能承継にも効果を発揮します。

補足. 今すぐ活用できるAIの使い方

ここまで述べてきたように、AIを活かすにはデータやマニュアルの整備が重要です。しかし、将来の基盤づくりを待たずとも、生成AIはすでに日常業務の中で役立ち始めています。たとえば次のような場面では、今すぐにでも効果を実感できます。

  • 検査記録のコメントをAIで要約し、月報に貼り付ける
  • 顧客へのメール文をAIで下書きし、最終調整だけ人が行う
  • 会議の議事録をAIで整理し、要点を抽出する
  • 研修用資料のたたき台をAIに作らせ、現場用に手直しする
  • 日報の文章をAIに添削させ、伝わりやすく整える
  • 海外顧客とのやり取りで翻訳や言い回しの確認に使う

こうした小さな活用から始めることで、社員がAIに慣れ、将来の本格的なDXにつながる下地をつくることができます。

おわりに

AIが十分に活用できるようになれば、蓄積された生産データや作業マニュアルを読み取り、会社の改善点を自動的に提案してくれるようになるでしょう。たとえば「経費を抑える方法は?」と問いかければ、具体的な施策を提案しつつあります。そして、その提案を一つずつ実行することで、確実に改善できる領域は少なくありません。
実は、実績のデータ化や作業マニュアル化は新しい取り組みではなく、本来はISO9001(品質保証の国際規格)などの規格でも求められていることです。本来は人が分析することを想定していた活動を、AIが肩代わりしてくれるようになったに過ぎません。
したがって、AIを導入していなくても、実績データや作業マニュアルを整備するだけで気づける改善点は数多く存在します。私たちが日常で見えている範囲の問題はごく一部にすぎず、中小製造業の効率化の余地はまだ非常に大きいと言えますので早急な取組が期待されます。

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